沖縄県地域医療支援センター

離島医療の今を支える

富名腰先生1
INTERVIEW
沖縄県立中部病院
初期研修医
富名腰朝史先生
Tomofumi Funakoshi
沖縄県南城市(旧玉城村)出身
琉球大学医学部卒業
沖縄県中部病院の「プライマリケア医コース」にて初期研修2年目
座右の銘は「曲なれば則ち全し」
Hospital Data
沖縄県立中部病院1
沖縄県立中部病院
〒904-2243
沖縄県うるま市宮里281
TEL:098-973-4111

島医者に憧れて医師となり、このコースに惚れ込んでいる

「現在、『プライマリケア医コース』の2年目です。このコースに自由選択の期間はあまりありませんが、離島診療所で必要な問診・フィジカルを優先して、徹底的に叩き込んでもらっています」

充実した日々を語りながらも、院内のPHSを片時も離さない富名腰先生。こうしている間にも、もし外科的な手術が始まれば、すぐに連絡が入る。離島診療所に行く前に積める経験を一つも逃したくないと言う。

「内科はもちろん、外科、産婦人科など一通りを、離島勤務が始まるまでの4年間で、一人で診られる力をつけなければならない。今は入院患者さんも担当していますから、早朝の採血から、夜まで容態の変化がないかずっと気になりますし、正直、休んでいる間ももったいない気がしているくらい」

富名腰先生がいわゆる〝島医者?に興味を持ち始めたのは、中学生の頃。久米島に暮らす祖父がペースメーカーを付けることになったときだった。

「当時、まだ祖父は裸足で畑へ収穫に出かけていたような時代。ペースメーカーが必要だなんて、これから一体大丈夫なのだろうか…、島で暮らしていけるのか…と、幼いながらに心配でなりませんでした」

こうして、医師になろうと決意する前から、島の医療に興味を持った富名腰先生。大学時代から沖縄の離島医療に関する勉強会を開いたり、本村先生のもとを訪ねたり。当時、沖縄で唯一の「プライマリケア医コース」であり、指導医も離島診療所経験者が集まるとわかると、中部病院で研修を受けることは必然だった。

「このコースに惚れ込んでいます。島医者に興味があるなら、まずは見学だけでも来てもらえたら嬉しいですね」

十人十色の患者さんと、彩り豊かな医師人生にしたいカンファレンスの様子

「呼吸器のスペシャリストに手技を教わっていたとしても、世間話になると『離島診療所時代はね、診療所で赤ちゃんを取り上げたりもしたよ…。誕生の瞬間は感動するよ』なんて話が聞けたりします」

整形外科、精神科、救急科など、どの科も離島診療所の経験を持つ医師が多い。ベーシックな研修で基礎力を磨きながら、島でならどうするのかを同時に教わることができる、というメリットがこのプログラムに惚れ込んだ理由だ。

「離島勤務までに、体験談をたくさん聞かせてもらえることが、安心に繋がります」

そんな指導医たちとの日々のコミュニケーションが勉強になると富名腰先生は目を輝かせた。

中部病院の研修医は毎年およそ30名。その中で毎年4?6名程がこのコースを選ぶため、同期はもちろん、離島診療所帰りの先輩医師も院内に多く、縦・横のつながりを作ってから離島へ行けることも心強い、と語る。

「研修2年目になり、患者さんが十人十色、どんどん彩り豊かになるのが楽しみな毎日です」PHSでお話中

今、感じているやりがいを富名腰先生はそう語る。最初は真っ白だった患者さんとの関係に、趣味や家族や仕事の話を聞いていくことで、まるで塗り絵のように様々な色が

塗られていく。そして、それこそが医師人生の彩りだと感じているようだ。

「いろんな離島の診療所に見学へ行ったので、どこへ行ってもきっと楽しい暮らしだろうと想像しています。医師という役割を果たしに行くのではなくて、自分も色を持った一人の住民としてそこで暮らしたいと思っています」

青い海に青い空、カラフルな南国の花々。富名腰先生が赴任した島には、きっと、多くの色が加わっていき、島を彩っていくだろう