沖縄県地域医療支援センター

沖縄の研修と暮らし。それは、医師人生を大きく変える季節になる。

INTERVIEW
琉球大学医学部附属病院
初期研修医
古堅優佳先生
Yuka Furugen
出身地:沖縄県
出身大学:琉球大学(2015年卒)
現在、初期研修1年目を終え、2年目は外病院を中心にローテション中。
Hospital Data
琉球大学医学部附属病院
〒903-0215
沖縄県中頭郡西原町字上原207番地
TEL:098-895-3331
自由度高いプログラムでのびのび希望を叶えられる

「自分の可能性を探りたいから、初期研修2年間は自由度が高い研修プログラム『RyuMIC』を選択しました」と言うのは初期研修1年目を終えたばかりの古堅先生。「RyuMIC」は大学病院のみでなく、離島の診療所や市中のクリニック、地方中核病院などを含め、研修先に幅広い選択肢があるプログラムだ。

「肝臓内科、呼吸器内科、産科、麻酔科、県立宮古病院での救急、神経内科、腎臓内科と回りました。母親が助産師だったこともあり、産婦人科には特別な思いがありましたが、どの科もそれぞれに魅力があり、専門を決めるのはもう少し後になりそうです」

研修2年目は外病院を中心に回れるプログラムなので、様々な病院を見てみたい、とすでに後半の研修も楽しみな様子だ。

「様々な科や病院を回れると、将来目指したい医師像となる先輩医師と出会えることも魅力です。私のようにまだ進路を決めていない人はもちろん、決めている人にとっても選びたい科を多めに見られたり、反対に他の科を回ったりできる良い機会となるでしょう」

医師人生を変えてくれた宮古島で過ごした夏

座右の銘
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥

充実したプログラムのなかで、前半を終えた古堅先生。印象的だったのは、宮古島での救急の経験だという。

「ある日はイソギンチャクに刺された患者さん、またある日は海で急に倒れてしまったという観光客の患者さん。また、地元の方で宮古の方言が強く、病歴がわからない患者さんもいらっしゃいました。そのときはベテランの看護師さんに通訳をお願いしたことも……。医療の知識だけでは対応できない状況にたくさん直面しました」

そう振り返る古堅先生だが、県立宮古病院はウオークインの患者さんを含め救急搬送のほとんどを受け入れているため、多い日で1日20人以上を診ることもあったという。また、親子で通うなど生活の背景を知っている島民もいれば、沖縄に初めて来た観光客などは暮らしの背景が見えず、旅の予定を気にしている人も多いので大変だったとか。

「3ヶ月でおよそ500人ほどの患者さんを診させていただきました。観光地である離島ならではの様々な患者さんとも接しながら、熱心な先輩たちに囲まれて丁寧な指導を受けられました。多くの刺激を受け、成長しようともがく毎日でした」

また、その忙しさの中でも「今日の採血、痛くないね」、「古堅先生はいつも話を聞いてくれるから嬉しいよ」などと患者さんから気にかけてもらい、沖縄の温かさを改めて感じられる機会でもあったという。

「私は名護市で生まれ、幼い頃は宮古島で過ごしました。産婦人科医不足で悩まされたり、救急医の不足を嘆いたりする親戚がいましたから、医師不足の地域で働きたい気持ちはその頃から強いんです」

また、久しぶりの宮古島での暮らしを、十分に満喫できたという古堅先生。



写真上:宮古島での研修時。伊良部島に渡った時の写真。
写真下:先輩や同僚の医師とバーベキューにでかけたり、みんなで沖縄を満喫している。

「橋を渡って伊良部島へ渡り、カフェに行ったり、シュノーケリングで海を楽しんだり。夜になると満天の星が輝きます。沖縄って、こんなに星がキレイだったんだと改めて感動しました」

宮古島に限らず、離島での研修はこれからの医師人生にとって重要な経験だった、と語る古堅先生。いつかまた、離島で働くその日まで成長できるように頑張りたい、と意気込んでいる。

「沖縄は、研修も暮らしも楽しめる場所。今まで沖縄に住んだことがない方にも、一度訪れていただけたら嬉しいですね」